『禅茶録』解説

cyacya

2008年10月08日 08:00

 7月からの毎週木曜日、好評をいただいてきた木曜サロンも今回で最終回となってしまいました。
 最後を飾るのは木曜サロンで一番人気だった「茶の湯のこころ」シリーズの3回目、「禅茶録解説」。
 講師は日本茶道塾の吉野白雲先生です。
 『禅茶録』は 1828年(文政11年)に寂庵宗澤(詳細不明)が 『茶禅同一味』を補足編集して著したものといわれ、民藝運動の父・柳宗悦をして「すべての茶人の座右に置くべき名著」と言わしめたという茶書。
 その礎となる『茶禅同一味』は 千利休の孫であり同様に侘び茶人として名高い千宗旦の遺書といわれるもので、「茶禅一味」つまり「茶道と禅道の真髄は同じ」という茶の湯の精神を説いているんだそうです。(違ってたらごめんなさい ^_^;)

 冒頭から難しそうなことを書いてしまいましたが、今回の講座は、その『禅茶録』を白雲先生(日本茶道塾)がわかりやすい現代語に意訳してくださった冊子にそっての「茶の湯のこころ」のお話(*^_^*)
 例えば そもそも「侘」とはどういう意味か?
 侘風流の形や道具の力を借りているようでは侘茶人とはいえない。
 不自由を不自由と思わず、不足を不足と思わず、調わなくても調わないという気持ちを持たないことが「侘」である、とか。
 つまるところ、煩悩を捨て去るところに侘はある、というのは白雲先生がいつもおっしゃるところ。
 でも、その「煩悩を捨てる」っていうのが困難なわけですが・・・(^^ゞ
 もちろん、他にもたくさんのいいお話が聴けました。

 最終回ということで、珍しいお点前で茶をいただいたあとに お茶について茶道についてみんなで意見交換する時間もたっぷりいただき、それもとても有意義で楽しいひとときでした。
 「お茶でもてなすという行為は自我の極みで茶道の精神と相反するのでは?」という質問には一堂 う~ん???
 でも白雲先生の奥深い答えに なるほど~(゜o゜)
 私も日頃から気になっていたこととはいえ思いっきりトンチンカンな質問をしてしまいましたが、白雲先生は正面からきちんと答えてくださり嬉しかったです。
 茶道の精神には遠く及ばない私ですが、白雲先生も亜湖さんもいつもきちんとまっすぐ向き合ってくださる姿勢がとても素敵だから こちらも清々しい気持ちになれるのだなぁと改めて実感。
 3ヶ月に渡りとても素晴らしい時間をいただきありがとうございました。
 
 長くなりましたので今回のお点前については別の記事で。 

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